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TMU高大連携室スタッフ

Author:TMU高大連携室スタッフ
東京都立大学、高大連携室のブログ。イベント情報や、高大連携室でのできごとなど、活動記録を中心に掲載します。所属する教員・学生スタッフがそれぞれの視点からつづります。
E-mail:koudairg@tmu.ac.jp

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TMU高大連携室のスタッフブログ
~活動記録とお部屋でのできごと~
2016年度第3回④「院生の現時点での目標」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。

今回のテーマは「現時点での目標」です。
回答させていただくのは、生命科学の新井です。
よろしくお願いします。

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こんにちは。
スウェーデン留学中の新井です。現在の目標について書きます。

私が研修留学を決めた理由の一つとして、海外という環境で生き抜くことができるか自分を試したいという気持ちがありました。
なので、現在の目標は「海外でも研究者としてやっていけるようになること!」と書きたいところですが、あまりにもざっくりしているので私がどんな基準で「(研究者として)やっていける」を判断しているのかできるだけ具体的に書いてみます。

A) コミュニケーション関連
①1日に1回は研究室のメンバーと会話する、時には研究の話をする
②困っている人がいたら助ける、協力的になる
③共同研究者・指導教官と定期的に話し合い、意思疎通を図る

B) 実験
①1日1回、継続的に実験する
②1日、1週間、1か月、3か月、半年の計画を立てられる
③結果が出たらその都度考察し、目標・計画の再設定を行う

C) アウトリーチ、基礎学力等
①英語・日本語でわかりやすい文章を書ける、言葉で伝えられる
②定期的にみんなの前で発表する(ゼミ・学会発表等)
③最新の学術論文を毎日読み、常に新しい知識を取り入れる

いかがでしょうか。
「研究」というと敷居が高くて、イメージもぼんやりしているかもしれませんが、箇条書きにして書いてみるとそんなに特別なことはしていないのかもしれません。(英語でやるとなると難易度が高いですが…)
また、研究者というと実験ばかりしているイメージがありますが、私はそれ以外のコミュニケーションやアウトリーチも研究者として重要な要素の1つだと思っています。
自分の実験にのめり込むだけでなく、周りの人と協力しながら研究を進められるような力をつけたいです。

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ありがとうございました。
大学での研究に必要な能力はその分野の知識だけではないということですね。
高校までに培ったコミュニケーション力やチャレンジ精神は研究にも活きてきます。

院生スタッフに聞いてみたい事や扱ってほしいテーマがありましたら、気軽にコメントしてくださいね。
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2016年度第3回③「現時点での目標」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。

今回のテーマは「現時点での目標」です。
回答させていただくのは、経営システムデザインの大西です。


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こんにちは。
院生スタッフの大西です。
今回のテーマは「現時点の目標」です。
毎回私がテーマを考えて院生スタッフの皆さんに色々書いてもらっていますが、今回の「現時点の目標」は普段の高校生対応で思うことがあってテーマに選びました。短期目標と長期目標、具体的な目標と漠然とした目標、道筋がしっかり描ける目標と描けてない目標。目標にも段階が沢山ありますが、多くの人は具体的な目標を設定できていないと不安になります。自分が今やっている事に対して確信が持てなくなるからです。
高大連携室に来訪した高校生で志望校が決まっていない方の多くはこの悩みを抱えています。焦る気持ちもわかりますし、科目の得意不得意で専攻を決めたくなるのもわかります。しかし何十年も先まで見据えた時、目の前の数学や英語の得意か不得意かはどれだけの障害でしょうか。目標を決め道筋が描けた時、きっともっと大きな不得意を乗り越えなければなりません。長期目標(将来の夢など)を見つけられない人は、一度自分の幸福や達成感を感じる瞬間をいくつも書き出してみてください。きっと苦労して乗り越えたからこそ幸せを感じることが多いのではないでしょうか。そして大学の各専攻分野をイメージで細かく分解してみてください。その二つが合致するような分野が絶対あるはずです。勉強だけではなく目標設定にも根気は必要ですよ。大変な時期かと思いますが、自分の人生で大切な時間なのでじっくり考えてみてください。


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院生スタッフに聞いてみたい事や扱ってほしいテーマがありましたら、気軽にコメントしてくださいね。
2016年度第3回②「大学院生の現時点での目標」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。

今回のテーマは「現時点での目標」です。
回答させていただくのは、建築の松野です。

よろしくお願いします。


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こんにちは院生スタッフの松野です。
今回は「現時点での目標」というお題について書かせていただきます。

私の、現時点での目標は知識の幅を広げる、ということです。
知識の幅を広げるといっても、勉強等のみをさすわけではなく、
実際に体験して得られることも知識の一つだと考えています。
こういってしまうとあまりにも漠然としていて目標といえるかどうかも
怪しいことですが、最近はこのことを意識して生活するようにしています。

私は、来年度から就職することが決まっています。
仕事をする上で今までの人生より、様々な人と触れ合うことに
なると思いますが、その時知識が乏しいと上手く
コミュニケーションがとれず、仕事効率が悪くなってしまうことが考えられます。

また、仕事の事とは別に知識の幅が広いとより多くの人と会話することが
出来るようになりますし、他の人が考えていることを知るきっかけにもなると思います。
自分の主張を持つことも大事ですが、それと同じくらい相手の主張を
理解することも大事だと思います。

上記のように知識の幅を広げることは仕事にもプライベートのことにも役立つ上、
自分を高めることになると思います。
なので、まずは興味あることから勉強、経験しそこから芋づる式に
様々なことへの興味を広げ、知識を増やしていきたいと思います。
現時点での目標と言っていますが、この姿勢は生涯持ち続け
歳をとってもいろんなことに興味を持っていられたらいいなぁ、
なんて考えています。


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ありがとうございました。
教養を身に付けることは重要ですね。大学に入ってからそう思うことが多くなりました。友達同士の会話にもニュースの話題が出たりした時にどれだけ普段情報を収集しているかが問われます。

院生スタッフに聞いてみたい事や扱ってほしいテーマがありましたら、気軽にコメントしてくださいね。
2016年度第3回①「大学院生の現時点での目標」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。

今回のテーマは「現時点での目標」です。
回答させていただくのは、人文科学研究科の勝見です。

よろしくお願いします。


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こんにちは。スタッフの勝見です。
目標はなんでしょうか?という題なので、「走ることについて」の目標を発表したいと思います。その目標について話す前に、「走ること」についての話しを少し。
私は走ることが好きです。ですが、昔から好きだったわけではありません。体育の授業などの長距離走はむしろ嫌いでした。タイムを競い、順位をつける長距離走は全然楽しいと思えませんでした。私が走ることの楽しさに目覚めたのは大学野球部に所属していた2年生の時です。ある日の練習終わり、ランニングをしている先輩の姿を目にしました。その楽しそうに走る姿に興味を持ちました。早く走ろうというのではなく、自然と体が動いて、「躍動している」という感じでした。そして、走り終わった後の、体の中の悪いものが全て出ていってしまったかのような、爽やかな顔。気が付いたら、その先輩と一緒に走っていました。それから、毎回の練習終わりに「自由に」走ることを意識してランニングを行うようにしました。コツは「何も考えないこと」です。すると、少しずつですが、走ることの楽しさに目覚めていくのでした。通り過ぎていく風景、呼吸する身体、自分がそこにいるようでいないような不思議な感覚に満たされていきます。
走ることを通して気が付いたことは、時間を忘れることが如何に重要かということです。競争やタイムトライアルにはそれなりの楽しみ方があるのはわかっています。それは「昨日よりも、~秒時間を縮められた」というように進歩する自分を感じられる運動であるのでしょう。そういった面を否定しているのではありません。タイムは「走ること」をより楽しむための調味料です。しかし、調味料であることを忘れるとタイムそれ自体を追及して、「走ること」の本質的な楽しさはどこかへいってしまいます。常にその危険に意識的でいないといつの間にか、時間に囚われてしまうことがあります。
上記のこととも関連しますが、非日常性というのもその魅力の一つです。私たちの日常生活は全ての人に認識できる時間(時計)を基礎にして成り立っています。授業開始のチャイムや電車の時刻表など、それらのシステムは効率性という観点からは非常に便利ではありますが、人間の身体にはそぐわないものでもあります。時々、その正確さがストレスにもなりえます。時間を気にせず、私的な時間の中で走ることは日常生活と対極にあるものです。
さて、本題の目標ですが、「より楽しく走ること」としたいと思います。現在も時々「自由に」走ります。今年は、今まで以上に「楽しく走ること」を目標に、頑張りすぎず、楽しんでいきたいと思います。

以上、「走ることについての目標」でした。


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ありがとうございました。
大学でも時間に追われることは多々あります。その中でうまく自分の時間を作る必要があります。自分がやりたいことを整理し、可能な範囲で実行してみてください。きっと時間管理がうまくなります。

院生スタッフに聞いてみたい事や扱ってほしいテーマがありましたら、気軽にコメントしてくださいね。
院生スタッフに聞く 2016年度第2回④「大学から始めたこと」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。

前回に引き続きテーマは「大学から始めたこと」です。
回答させていただくのは、生命科学の高城です。

よろしくお願いします。


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こんにちは。院生スタッフの高城です。
テーマは「大学から始めたこと」ということで、このお題から真っ先に思い浮かんだのは、ダンスを始めたことです。私の大学生活を充実させてくれた要素のひとつです。
ダンスと聞くと、ヒップホップやブレイクダンスやロボットダンスなどが有名ですよね。わたしもそれぐらいの認識しか持っていませんでしたし、もともと人前にたって何か表現したり、目立つことに恥ずかしさを感じる性格だったので、まさか自分がダンスを始めるなんて思っていませんでした。
きっかけはサークルの新歓講演を見に行ったときでした。ダンスサークルへの入部を決めていた友達について行ったのですが、正直なところダンスサークルにさほど興味はありませんでした。テレビでたまに放送されるダンスの映像を見るぐらいで、自分も踊りたい、ダンスをしたい!という気持ちは特にありませんでした。ですが、いざ講演が始まると、私の気持ちはあっという間に変わりました。それはそれはもう本当に格好いいステージで、間近でみるダンスは迫力がありました。そして何より舞台にたって踊っているひとたち全員が笑顔で生き生きとしていたのが印象的でした。講演が終わるころには、私もダンスをはじめたい、と思うようになりました。しかし人前に立って表現をするのが苦手なことがひっかかり、入部は悩みました。自分には向いてないのではないか、と。そのとき、講演を一緒に見に行った友達が言ってくれました。「やってみないとわからないよ。少しでも興味があるならやろう!」始める前に出来ないとネガティブになっていた自分が馬鹿らしく思えました。私は友人の言葉に背中を押され、入部を決めました。今ではダンスを始めて心からよかったと思います。興味をもったことは行動にうつす、単純なことかもしれませんが改めてそれが大事なんだと実感しました。


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ありがとうございました。
大学は勉強だけをするところではありません。今後の人生の楽しみに新たな趣味をみつけることも大事ですし、その過程で友人を作ることも大事です。やりたいことがあるのならば迷わず挑戦しましょう。

院生スタッフに聞いてみたい事や扱ってほしいテーマがありましたら、気軽にコメントしてくださいね。
院生スタッフに聞く 2016年度第2回③「大学から始めたこと」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。

昨日に引き続きテーマは「大学から始めたこと」です。
回答させていただくのは、社会科学研究科の松下です。

よろしくお願いします。


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 社会科学研究科法学政治学専攻修士1年に所属している松下浩章といいます。大学に入ってから始めたこと、プチ学問です。学びはじめ、学門に立ったといった感じです。
しばしば高校教育と大学教育の違いを聞きますが、極端なまでに簡潔に言えば、その違いは高校までは教科書の内容を覚えることに主眼が置かれるのに対して、大学では能動的に本を、しかもより多く読むことを求められるということでしょう。これはなぜなのか、1年生の時はよく分かりませんでした。なので、ここに書くことも今になって思えばといった僕の話です。
 高校と大学での学びの何が決定的に異なるのか。たぶん、高校では確定的事実とされていることを学ぶのに対して、大学では常に学問的進化の中に身を置くことにあるのだと思います。歴史にひとつの例を求めてみましょう。僕は高校三年生のとき、受験勉強への必要から、中世の始まりと終わりはいつなのかと歴史科の先生に聞いた覚えがあります。一般的に言って、中世と近代の境界線は14世紀から17世紀ぐらいに求められるでしょう。でもこの質問、答えは一つではないのかもしれません。例えば政治学の話をする時、近代の始まりはヨーロッパに主権国家体系が形成された時期―よく言われるのはウェストファリア条約が結ばれた1648年です。でも自然科学の近代は同年にはじまったわけではないと思います。E・H・カーの理解を借りれば、時代区分とは、学問的討議のための便宜的な前提、仮説に過ぎないのです。
 これは、社会科学そのものなのでしょう。たとえ学問的な進歩を達成したとしても、それはすなわち新たな「問題提起」を意味し、新たな達成によって打ち破られることを欲している、とマックス・ウェーバーは言っています。完全無欠の理論は存在しえない、常に反証の対象になるからこそ、自分で調べ、考え、書くことの楽しさがあるのですから、そうでないと困ります。ここで言う理論とは、ある事柄が起きたことに対してその原因と結果の関係をちょうどよく認識し、理解できる考え方―これまたウェーバーの言葉を借りれば、学問の作業方法とでもいえるものでしょうか。これは、ごく簡単に言えば、ある事柄の説明を受けた時になにかおかしい、自分の理解と合致しないといったとき、それを説明し、自分の言葉で再度説明方法を構築していくことの面白さというものです。
今の定説的理解は常識と言われるものになりますが―もちろん常識になる前に反論を受けるものが圧倒的ですが、常識的理解に合致しない場合、それは異端となるのでしょうか。でも、社会科学は宗教ではありません。何が正統なのか、何が唯一のあるべき姿なのかという議論ではなく、なにが事実なのかという問題こそ、学問対象になりうると言われます。であれば、反論を受けることはあっても、末梢されるなんて危険なことはないはず。
でも、議論のためには冷静な分析が必要です。有意義な会話のためには、多くの場合、今ある常識に従って論じるよりほかありません。たとえば時代区分は、多くの場合そういうものでしょう。そのなかの一部分、これを自分が新しく書き換えることが出来れば万歳です―いうまでもなく、それも新しい仮説に過ぎませんが。
とっても回りくどいですが、最初の文を回収しなくてはいけません。つまり、答えは一つではなく、自由な議論が許されているのです。ただし、議論のためにはより多くの事柄に関する知識が求められる。これまでに先人たちが残してきたものを自分で吸収し、考える事こそ、ほんとうに面白いことだと思います。以上をまとめれば―学問には確定的な答えはない、でも多くの場合以前に出された答えに従うことが善である、だからたくさん本を読むことには意味がある。僕も学部生のあいだにたくさん読んでいればよかった。僕はそれを十分に出来なかったので(だからプチなんです)、大学生になって始めたことをいまも続けています。


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ありがとうございました。
少々堅い書き方だったかもしれませんが、大学で扱うような論文の多くは普段見ているような表現をしていません。論文には論文の書き方、更には分野によっても形式や表現が異なります。本を読むことは内容のみならず色々な表現に触れ合う良い機会です。自分が経験してこなかった分野の本にも挑戦してみましょう。

院生スタッフに聞いてみたい事や扱ってほしいテーマがありましたら、気軽にコメントしてくださいね。
院生スタッフに聞く 2016年度第2回②「大学から始めたこと」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。
本日は「院生スタッフに聞く」の第2回②です。

今回も引き続きテーマは「大学から始めたこと」です。
回答させていただくのは、理工学研究科の前田です。

よろしくお願いします。


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みなさんこんにちは。
院生スタッフ修士1年の前田です。

今回のテーマは結構頭を悩ませまして、「大学から始めたこと」はアルバイトや車・バイクに乗り始めたことなどあるにはあるのですが、これらはおそらく他の学生もしていること。
何かもう少し面白い題材はないかなと思って捻り出した答えが「真面目に英語を学び始めた」と言うことです。

みなさんもご存知の通り、英語の学習は義務教育の小学校から始まっていまして、私の世代は中学校から本格的に英語を学び始めました。(公立校での話です)
私自身も大学まで英語の授業は受けてきてはいるのですが、その頃は英語に全く興味がわかず、英単語等を覚えなかったため授業中は意味不明な言葉が右耳から左耳へ抜けていくだけでした。
当たり前のように、そんな状態では成績なんかは良くなく、高校入学後の学年全体での実力テストでは学年最下位をとるほど。
そのときの偏差値はなんと28。
当時は偏差という意味が分からなかったのであまり衝撃は受けていませんでしたが、今考えると本当に恥ずかしい値です。
それでも危機感を覚えず、ますます英語を嫌いになっていきました。
理系科目が好きで得意だったことと、英語が嫌いだったことが相まって理系進学を決め、そして大学へ...。

今回のテーマの通り、大学入学から「真面目に英語を学び始めた」と言うことですと、実際はそうではなく、大学1年次の途中まではまだ英語が嫌いでした。
そのため、大学入試での英語の点数は酷い有様。
言うまでもなくコース内では最下位で、点数から考えるとおそらく全学部生の中でも最低点だと思います。
一応、受験生のために言っておきますが、それ以外の教科は平均で英語の点数の2倍近くとっているので、全体だと合格者平均を超しています。
決して英語ができなくても合格できるということではありません。
話は戻りますが、本学での英語の授業は習熟度別に分けられまして、当然のごとく私は最底辺のクラスでした。
そんな大学1年次の英語大っ嫌い街道を全力疾走しているときに、あることをきっかけに将来の夢が決まりました。

驚くべきことに、その将来の夢にはなんと英語が必要不可欠だったのです。
しかも、それは単にTOEICなどができるというレベルではなく、母国語と同等に扱えるほどのレベルが要求されていました。
このときに「これはマズい」と危機感を覚え、ようやく真面目に英語を学び始めました。
そこからはもう大変で、英単語力は皆無であり、文法なんて知っているはずもなく、中学英語からの学び直しです。(自業自得なわけですが...)
ただ、どちらかと言うと書けるようになるよりも喋れるようになりたかったので、喋ることに重きをおいて学んでいきました。
そのため、喋れるようになるには英語しかない環境に身をおかなければならないと思い、留学?に行くことを決意しました。(詳しくは前回のブログで)
幸運なことに耳だけは良かったので、相手の発する単語は聞き取れ、文法を気にしないからこそなのか、何とか会話を成立させることはできました。
会話中、日本語では言うことは出てきているが、文法を知らないがために英語だと簡単に伝えられないようなことがあると、後に文法を調べて、次回からはそれを使っていくという風に文法も学んでいきました。
結果、本場に身を置いたせいなのか、日本の英語学習とは正反対の方向からアプローチしたせいなのか、短期間で英語がみるみる上達していきました。
今では、日常会話はもちろん、研究での議論も英語で行えるようになりました。(勿論まだまだ拙い英語ですが)

ある意味英語が嫌いで理系を選んだわけですが、実際のところ研究で必要な論文は英語で書かれていますし、学会の発表では英語のみのところもあるため、場合によっては文系よりも英語の能力が求められます。
また、文系理系に関わらず、今の社会ではグローバルな人材が求められているため、英語の能力は必須だと思います。
これはみなさんに向けてですが、自分が経験したということもあり、英語は必ずやっておくべきです!
特に大学進学を考えている人、大学はこれまで経験してきた学生生活の中で最も自分の時間が確保できるところだと思います。
これは別に大学生活が暇だと言っているわけではなく、自分で忙しくも暇にもできる、自分でコントロールしなければならないということです。
この時間を有意なものにするかどうかは自身の手に委ねられているので、その時間で少しでも将来の設計を立て、より良い時間を過ごせるようにしてみてください。
この拙い文章が少しでもその手助けになれば幸いです。
あと、まだまだ英語がペラペラと喋れない私からの簡単なアドバイスですが、英語を話せるようになりたい人は普段の会話で「いまのは英語だとどういう言い方をするのだろう?」と、頭の中で英訳してみると良いかもしれません。
少し意識するだけで日常ですぐ使える勉強法です。


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いかがでしたでしょうか。
期せずして前回に続き語学関係で新たな挑戦をしている方が多いようです。
首都大学東京は全国各地から学生が集まってくるので、より国というものを意識する機会が増えるのかもしれませんね。
出身地や学部の構成など、入学してくる生徒層も受験校を決める際に参考にする方法もあるかもしれません。

院生スタッフに聞いてみたい事や扱ってほしいテーマがありましたら、気軽にコメントで質問してくださいね。
院生スタッフに聞く 2016年度第2回①「大学から始めたこと」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。
本日は「院生スタッフに聞く」の第2回①です。

今回のテーマは「大学から始めたこと」です。
回答させていただくのは、社会行動学専攻の国広とヘルスプロモーションサイエンス学域の中村です。

よろしくお願いします。


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こんにちは。院生スタッフの国広です。
 厳密には今年の3月、大学院進学直前からですが、トルコ語の勉強を始めました。周りの人からはよく「何故トルコ語を?」と聞かれます。理由はいろいろあるのですが、一つはトルコという国やそこで暮らす人々の文化や習慣、伝統といったものに興味があったことが大きく影響しています。
私は高校生の頃、地歴科目で世界史を選択していました。日本だけでなく世界中の国々の歴史について学ぶことは確かに大変ではありましたが、自分がまだ訪れたことのない国について知り、「いつか行ってみたい」と思いを馳せることは楽しいことでもありました。その中でも特にトルコやオスマン帝国についての歴史に興味を非常に惹かれ、アジアとヨーロッパの間に位置するこの独特な国にいつか足を運ぶことが一つの夢になりました。
大学進学後、運のいいことにトルコ留学のチャンスがあることを知りました。しかし条件として最低限のトルコ語を習得していなければならなかったため、一度は独学で勉強を始めました。しかし、普段の学業や部活、アルバイトなどの忙しさに追われ、満足な勉強を進めることが出来ませんでした。私が所属していた社会人類学分野は広く世界へ目を向ける学生が多く所属し、学部生の内から旅行や留学など様々な理由で自発的に海外へ足を運ぶ人がたくさんいました。行動力のある同期たちをうらやましく思いながら、時間や余裕、そして知識が足りないことを理由にして、私は結局学部生の間に海外へ赴くことをしませんでした。
社会人類学は自文化とは異なる文化、つまり異文化に目を向けた研究が多くなされています。そのような学問分野に籍を置くうえで、異なる価値観や世界観に触れることは非常に価値のある、重要なことだと思っています。そう思っていながらも、学部生の時代に何もできなかったことがずっと心残りでした。大学院への進学を決めた後、「もし本当にトルコに行きたいのであれば、トルコ語を学び始めるには今が最後のチャンスなのではないか」と思い立ち、トルコ語の勉強を再開しました。始めてからまだまだ数か月しか経っていませんし、情勢などの影響もあってすぐに渡航することは少し難しいかもしれませんが、大学院生の内に一度は必ず自分の目で広い世界を見ることが出来るように努力をしていきます。

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生命科学コース卒、ヘルスプロモーションサイエンス学域修士1年の中村芽莉です。私が大学から始めたことは国際交流です。大学では国際交流ボランティアサークルHANDsに所属し、幹部を務めました。学部時代、ボストン、オーストラリア、タイへの留学、ドイツへの旅行経験があります。今回は国際交流を始めたきっかけや感じることを書きます。

私は中学生の頃から英語のリスニングとスピーキングが好きでした。オーラルの先生などと話すことも好きでしたが、高校では国際交流と無縁な生活を送っていました。1回だけ中国から来た高校生とディスカッションをする機会があった程度です。そのため大学生になったら(漠然と)アメリカに留学したい‼︎と思っていました。

大学に入学すると、国際交流ボランティアサークルのHANDsを知りました。HANDsは首都大生と首都大に来ている留学生の交流の場を提供するサークルです。私は大学内で留学生と友達になり、助け合い、高校までで得られなかった経験を得ることを期待していました。実際は留学生に日本の文化を伝えたり、留学生の国の文化を教えてもらったり、また留学生が母国に帰ってからもSNSで頻繁に繋がることができています。HANDsに入らなければ、このような多くの人と接する機会は無かったと思いますのでHANDsには感謝しています。

また1年の4月には、1,2年生対象の1年を通して国際社会・プレゼンテーションを学び、最後に1ヶ月間オーストラリアで語学研修をするプログラムのメンバー選抜試験を受けました。大学に入ったばかりの私が1つ上の先輩と応募書類、英語の面接で張り合えるものなのかもわからない状況。ダメ元でも出さないよりは挑戦する過程で何か得られるだろう、と書類申請を間に合わせました。ところが、結果的には合格することができ選抜メンバー18人で切磋琢磨しながら英語力・国際力を磨きました。1年間の学びの中で英語で授業を聞く機会を多々いただき、短期留学生との交流もできたので自分の中でのコミュニケーションの幅は確実に広がりました。

1年生の9月、ボストンに最高峰レベルの大学の授業見学、研究室訪問などをしに行きました。国際交流といってもこの留学は'世界トップレベルの大学の同世代学生はどう学んでいるか⁉︎どう過ごしているか⁉︎'ということを認識するためのもので、首都大には無い制度・学び方に驚かされました。また菓子パーティーをすることで若者同士の交流を深めることもできました。自分が普段'日本'で学んでいるけれど、他にも世界が開けている、ということを一番感じられたのもこのボストン留学でした。

どの留学においても、伸びた力は語学能力だけではありません。積極的にディスカッションする能力、コミュニケーション能力、挑戦する力、企画を立てる力。何より、首都大生の中でも国際に興味を持ち熱心に学ぶ友達・先輩・後輩に恵まれ、互いに高め合うことができていると感じます。私は憧れを持っていた国際交流に大学生活開始を機に飛び込んで、わくわくする世界を見る機会が増えました。この'わくわく'を修士でも広げていくべく、この夏にはSTeLAというリーダーシッププログラムに参加してきます‼︎

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いかがでしたでしょうか。
大学は留学生などと積極的に関わっていくことで交友関係や行動範囲がどんどん広がっていきます。こうした経験が自分の力となり、自信になります。せっかく大学というある程度自己責任で自由が許されている環境にいるのであれば、色々なことにチャレンジしてみた方が良いと思います。

院生スタッフに聞いてみたい事や扱ってほしいテーマがありましたら、気軽にコメントで質問してくださいね。
院生スタッフに聞く 2016年度第1回⑥「人生で大きかった選択」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。
本日は「院生スタッフに聞く」の第1回⑥ラストです。

テーマは引き続き「人生で大きかった選択」です。
回答させていただくのは、人文社会の勝見です。

よろしくお願いします。


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「選択について」

私にはアメリカ人の友人がいます。そんなことは、今どきの大学生・院生ならばさしてめずらしいことでもないと思います。グローバルなシェアハウスに暮らしている人もいれば、留学も盛んです。もちろん、昨今の大学生事情に漏れず、私にも海外の友人は複数人います。しかし、彼はその中でも特別な存在です。
彼の名前はスミス(仮名)。好きな飲み物は恵比寿ビール。職業は宝石の貿易会社社長(個人経営ですがかなりその道では有名なようです)。好きな野球選手はクルーン(もと巨人・横浜ベイスターズ)。※仮名を使っていますが本当の話です。スミスとの出会いは中々、衝撃的でした。ですが、今回はスミスにまつわる「選択について」の話に絞ってお話したいともいます。
スミスが仕事の関係で日本を訪れるとき、彼と高校時代の友人との三人で一緒に野球観戦にでかけます。三人とも野球観戦が好きで、特に夏の暑い日に冷たい飲み物を飲みながらの観戦が大好きです。毎回、試合が始まって最初のうちはちゃんと試合展開を目で追っていますが、時間が経つにつれ、徐々に話が盛り上がり試合そっちのけで色々な話題について語り合います。
 大学四年生の夏、私と友人とスミスは神宮球場にいました。暑い中、いつものように冷たい飲み物を飲みながら観戦していると、知らぬうちに話題は「人生と選択」の話になりました。友人は進路に迷っていました。きっと将来への不安もあったと思います。就職の内定は貰っているものの、自分が本当にその仕事をやりたいのか、分からないようでした。すると、その話聞いていたスミスは「Try! Don’t be afraid! Don’t be shy!」とものすごく真剣な目をして言いました。(ここから先の英語は分からないというより、思い出せないので日本語で纏めさせて頂きます。)
「恐れてはいけない。僕は若い時に色々なチャレンジをしてきた。元々は大学で地質学を専攻していて、その道で食べていくつもりだったんだ。しかし、自分の現状に満足できなくなり、一念発起して、ビジネスの道を目指すことにしたんだ。それは、何も、将来への保証や資金的な援助があったわけではない。何もなかった。それでも、やってみようと思って、今の自分があるんだ。まず、自分がどうしたいのか、それを知ることが大切だ。そしてとりあえずやってみる。それで失敗したらその失敗から学べばいいじゃないか!」
 私と友人はこんな真剣なスミスを見たことがなかったし、ここまで真剣に語りかけてくる大人を初めて見ました。彼は立場や肩書ではなく、個人としてまたは友人として私たちに語りかけてくれました。このスミスの言葉は今も心に残っています。チャレンジすること、そして、それを恐れないこと。当たり前なことですが、それを体験的に真剣に話しかけてくれた大人がいたという経験は本当に貴重なものだと思っています。

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第一回からいきなり「人生で大きかった選択」というヘビーなテーマでしたが、少しでも参考になれば嬉しいです。次回のテーマは「大学から始めたこと」です。大学生になると今まで以上に選択の幅が広がります。アルバイトでお金を稼いで社会勉強するも良し、ボランティア活動をして社会貢献するも良し、ひたすら研究に打ち込むのも良いです。高校生の方には大学に入ってからやりたいことをイメージして受験勉強を乗り切ってほしいと思います。


院生スタッフに聞く 2016年度第1回⑤「人生で大きかった選択」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。
本日は「院生スタッフに聞く」の第1回⑤です。

テーマは引き続き「人生で大きかった選択」です。
回答させていただくのは、人文社会の武智です。

よろしくお願いします。


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文化基礎論専攻修士2年の武智です。
今回は『人生の選択』というとても大きいテーマなので何を書こうか迷いましたが、公立大学に入る上で必要を迫られたセンター試験の科目についての選択をご紹介しようと思います。

まず人文・社会系志望だった私には、国語 英語 数学、地理歴史、公民から3教科、理科から1教科、という6教科が必要でした。当時は理科の「基礎」というものはありませんでした。
問答無用で最初に決まったのが地理歴史の世界史でした。現在西洋史の研究室にいることからも分かる通り、世界史は大好きな科目でした。どんなに難しくてもいいから世界史だけで首都大の入試が終れば良いのにと何度も思いましたが、現実はそのように甘くはなく次に公民科目の選択に迫られました。

当時私の高校の文系は圧倒的に政経を取っていました。しかし高2になり政経の授業を受けると事件が起きました。なんと私は信じられないくらい内容を理解できなかったのです。もちろん、日頃高校生の方に高校での学習の大切さをご説明している身の上なので名誉の為に追記しておきますが、一生懸命勉強しました。先生にも友達にも質問しました。しかしひたすら修行のごとく教科書を暗記してテストの点をやっと取ることしかできず、これでは受験の科目にできないと考えました。公民科目として第一線で活躍している政経に敗れた私は自信を喪失し、首都大受験を諦めようかとも考えました。しかしそんな時に家庭教師から倫理という科目の存在を教えられました。教えられたといっても高校一年生の時に授業自体は受けていたので存在は知っていました。けれども当時とても影の薄かったこの科目がセンターに使えることを私は完全に忘れていました。世界の宗教について浅く知るだけの楽しい科目だと思っていたのです。教科書を読み直してみると世界史と被るところが多く、私はクラスで白い目で見られながらも倫理を公民科目にしました。

公民以上に苦しめられたのが理科でした。私は私立の中高一貫校に通っていたので、中学時代の理科の授業も進め方がやや特殊でした。しかし特殊かどうか関係なくとにかく何をやっても理科ができませんでした。理系の両親が毎回ため息をつくほどテストが出来ず、先生に質問に行くと質問内容の意味が分からないと言われる始末でした。おそらく、私の脳みそには理科という科目を理解する機能が無いのだと今でも思います。高等部に入り実際に受験科目を考えるに当たり、物理と化学は話にならず、地学と生物で悩みました。悩むというとなんだかかっこ良いですが、現実は四分野すべての教科書が外国語のごとく分からなかったので、大学で大好きな世界史を勉強する為にせめてどれなら出来るかを考えました。「とりあえずできそうなものにして、ちょっと大変だったら他のにしよう」などと悠長な事を言える余裕は私にはありませんでした。とにかくその科目と決めたからには目から血が出ようとも最後までやり通すことを決意しました。ここで一つ思い付いたのが、生物であれば理系の子も取っているという事でした。そして理系の子はセンターの生物レベルは完璧であるということも考え付きました。(今考えればあまり根拠がない事です。) より多くの人に質問ができるということは、理科音痴の私にとって素晴らしい魅力でした。そして実際に、推薦で通った友達に頼み込んで泊まり込みで教えてもらうことに成功しました。

ここまで書いた私の選択とは①倫理を選んだこと、②生物を選んだことです。
結果と言えば、現役で合格できたのですから間違っていなかったのだと思います。
しかし私がこの選択をして学んだことは目標を達成させるために必要な3つのこと、自分を良く分析する、決して諦めない、そして目標を見誤らないということです。何事も猪突猛進すればすべて上手くというわけではありません。もし私が、大多数がそうだからという理由で政経を選んでいても、結局後手後手になり失敗していたと思います。そして、自分に何ができるのか、できないのかをしっかり考えた上で、諦めないで進み続けたことで私は受験を乗り越えたと思います。さらに一番大事なのは、何が目標なのかを間違えない事です。私の場合は、自分が興味を持っている分野を研究している先生が居るので首都大で西洋史を勉強したい、という事でした。つまり、首都大という大学に通ればそれで良いということではありませんでした。大好きな世界史を勉強する為なら謎の集大成である生物も勉強できましたし、公民科目で迷った時も受験を諦めずに済みました。モチベーションを保つには、必ずしも偏差値重視で決めるこが一番とは限らないと私は思います。

受験勉強はとても大変です。しかしそれを乗り越えると確実に多くの事を学ぶことが出来ます。私にとってセンター試験の科目選択はその後の目標達成にとても影響を与えた事でした。受験勉強にくじけそうになったときは、ただ合格する事だけではなく今やっている勉強自体が自分の力になることを思い出してください。