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TMU高大連携室スタッフ

Author:TMU高大連携室スタッフ
東京都立大学、高大連携室のブログ。イベント情報や、高大連携室でのできごとなど、活動記録を中心に掲載します。所属する教員・学生スタッフがそれぞれの視点からつづります。
E-mail:koudairg@tmu.ac.jp

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TMU高大連携室のスタッフブログ
~活動記録とお部屋でのできごと~
院生スタッフに聞く 2016年度第1回③「人生で大きかった選択」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。
2日ぶりの更新です!
本日は「院生スタッフに聞く」の第1回③です。

テーマは引き続き「人生で大きかった選択」です。
回答させていただくのは、生命科学専攻の新井と社会行動学専攻の国広です。

よろしくお願いします。


——————————

みなさんこんにちは。
院生スタッフの新井です。

私の人生で大きかった選択は「博士過程への進学を決めたこと」です。といってもまだ博士過程に進んでいないので、大きな選択であったかどうかはわかりませんが、少なくとも決意するのに一番時間がかかりました。
大学を卒業すると、ほとんどの人は大学院進学するか就職するかという選択に迫られます。大学院に進学すると2年間の修士過程があり、たいていの人はそこで卒業して就職します。ただし数ペーセントの学生はさらに3年間の博士過程に進学し、博士号(いわゆる◯◯ハカセという称号)を得ます。私はこの博士過程への進学を今年の春に決意しました。
博士過程に進もうと考えた理由は主に2つあります。
1つ目はもっと深く広く研究を突き進めたいと思ったからです。研究は小さな現象の観察の積み重ねであり、それを一つひとつ明らかにしていくことで、大きなことがわかったり、今まで解明されてこなかった複雑な事象を俯瞰できたりします。修士過程までの研究ではその領域まで解明することは難しいです(時間的にも能力的にも)。博士過程まで進学して、私が興味を持っている現象について解き明かしたいという思いがありました。
2つ目は自分の能力を高めたいと思ったからです。博士号を取得するためには、アカデミックな文章(論文)を書く力、論理力、自分の力で実験を進められる行動力、観察力、英語力、コミュニケーション能力など様々な力が高いレベルで要求されます。博士過程に進学することによって自分に力をつけてどんな環境でも生き抜ける(仕事をもらえる)ようになりたいと思いました。
一方で、博士進学にはリスクが伴います。一番大きいのは少なくとも27歳までは学生という身分であること。これは金銭的にも社会的にも不自由だと思います。女性にとっては結婚や出産などの心配もあります。それ以外にも、本当に卒業できるのか、社会から断絶された状況で健康的に過ごせるのか、そもそも私は研究に向いているのか、、、など不安や心配は考え始めるとキリがありません。

そんな不安や悩みがあっても私が決断できたのは、やってみなきゃわからないと思ったからです。金銭面では研究費などが取れるかもしれないし、結婚や出産も社会人になったからといってできるわけではありません。人生の計画を立てて進んでも、結局はその場その場の行動や運によるのではないかと考えました。もしかしたら全然うまくいかなくて、研究を辞めてしまうかもしれません。そうなってしまっても、それもまた勉強になるのではないかと思います。博士進学を選択したことを後悔しないように、精一杯がんばることが重要だと思っています。


——————————

こんにちは、院生スタッフの国広です。
改めて振り返ってみるとまだ20年弱しかない人生でも、何かを選ぶという機会は割と多かった気がします。その中でも以下の2つは特に大きな選択かな、と思いましたので紹介させていただきます。

1)陸上競技を始めたこと
中学1年から大学3年まで、陸上競技部で跳躍競技をしていました。陸上競技を始める前はソフトボールをしていたのですが、進学先の中学校にソフトボールができる環境がなく、当初はどの部活動に参加するか悩んでいました。数ある部活動の中で何故陸上競技を選んだのかというと、個人競技への憧れがあったからです。成功するか、失敗するか、結果や責任はすべて自分が担うけれども他人の失敗を自分が気にすることはない、そんなイメージを陸上競技に抱いていました。
しかし、実際はその通りというわけではありませんでした。陸上競技は個人の成績が集団全体の成績にも関わってくるという、他のスポーツとはまた違った集団競技としての側面を有していたのです。自分の記録が集団の結果を左右するのは想像以上のプレッシャーがあり、自分の役割や出来ることを考えながら競技に携ることが時として苦痛になることもありました。それでも大学3年で引退するまで競技を続けられたのは、跳躍競技の楽しさだけではなく、チームのために自分のできることを全力で取り組み、それが結果として現れた時の喜びが忘れられなかったからなのかもしれないです。

2)志望校を首都大に決めたこと
首都大を志望校として考えるようになったのは高校3年生の時だったのですが、その際に「大学が東京にある」ということが、東京から離れた地方で生活していた私にとってちょっとした問題になっていました。
 大学受験のことを何も知らない高校1年生の頃は、県外への進学についてあまり具体的に考えておらず、その後学年が上がっても「地元を離れるにしてもせいぜい西日本から外に出ることはないだろう」と思っていました。3年生になる少し前、本格的に自分の進路について考えるようになった頃に、自分の学力と当時の志望校との間に埋まらない差があることに気付いたのを機に、なんとなくという気持ちで西日本に絞っていた大学選択を一度見直してみようと思い立ちました。首都大のことを知ったのはその時でした。
 初めの内は「東京の大学で学生生活を送ってみたい!」と浮き足立っていたのですが、なんでわざわざ関東に…という親の反応を受けて、なんで賛同してくれないのかと少し不満を覚えると同時に、疑問に感じていました。後になって、「大きな災害や万が一の時にすぐに駆けつけてあげることが出来ないことが不安だから」という理由を聞いて、地元を離れることの重大さを実感し、大学進学を生半可な気持ちで考えてはいけないことを思い知らされました。それ以降は何故この大学に行きたいのか、ここで何を学びたいのか、それらをしっかり考えた上で首都大を選択しました。
大学進学後、地元を離れたことで心細さを感じることもありましたが、新しい環境に身を置いて生活や勉強をしていく中で、地元にいたままでは決して得られなかったかもしれない経験を得ることができました。

以上が私の人生でも特に大きかった選択です。大事な選択ほど先送りにしたり目をそらしたくなったりするかもしれませんが、選択しなければ前に進む事は出来ません。皆さんがそれぞれ納得がいく選択が出来るように、心から応援しています。

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