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TMU高大連携室スタッフ

Author:TMU高大連携室スタッフ
東京都立大学、高大連携室のブログ。イベント情報や、高大連携室でのできごとなど、活動記録を中心に掲載します。所属する教員・学生スタッフがそれぞれの視点からつづります。
E-mail:koudairg@tmu.ac.jp

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TMU高大連携室のスタッフブログ
~活動記録とお部屋でのできごと~
院生スタッフに聞く 2016年度第2回③「大学から始めたこと」
こんにちは。
院生スタッフの大西です。

昨日に引き続きテーマは「大学から始めたこと」です。
回答させていただくのは、社会科学研究科の松下です。

よろしくお願いします。


——————————


 社会科学研究科法学政治学専攻修士1年に所属している松下浩章といいます。大学に入ってから始めたこと、プチ学問です。学びはじめ、学門に立ったといった感じです。
しばしば高校教育と大学教育の違いを聞きますが、極端なまでに簡潔に言えば、その違いは高校までは教科書の内容を覚えることに主眼が置かれるのに対して、大学では能動的に本を、しかもより多く読むことを求められるということでしょう。これはなぜなのか、1年生の時はよく分かりませんでした。なので、ここに書くことも今になって思えばといった僕の話です。
 高校と大学での学びの何が決定的に異なるのか。たぶん、高校では確定的事実とされていることを学ぶのに対して、大学では常に学問的進化の中に身を置くことにあるのだと思います。歴史にひとつの例を求めてみましょう。僕は高校三年生のとき、受験勉強への必要から、中世の始まりと終わりはいつなのかと歴史科の先生に聞いた覚えがあります。一般的に言って、中世と近代の境界線は14世紀から17世紀ぐらいに求められるでしょう。でもこの質問、答えは一つではないのかもしれません。例えば政治学の話をする時、近代の始まりはヨーロッパに主権国家体系が形成された時期―よく言われるのはウェストファリア条約が結ばれた1648年です。でも自然科学の近代は同年にはじまったわけではないと思います。E・H・カーの理解を借りれば、時代区分とは、学問的討議のための便宜的な前提、仮説に過ぎないのです。
 これは、社会科学そのものなのでしょう。たとえ学問的な進歩を達成したとしても、それはすなわち新たな「問題提起」を意味し、新たな達成によって打ち破られることを欲している、とマックス・ウェーバーは言っています。完全無欠の理論は存在しえない、常に反証の対象になるからこそ、自分で調べ、考え、書くことの楽しさがあるのですから、そうでないと困ります。ここで言う理論とは、ある事柄が起きたことに対してその原因と結果の関係をちょうどよく認識し、理解できる考え方―これまたウェーバーの言葉を借りれば、学問の作業方法とでもいえるものでしょうか。これは、ごく簡単に言えば、ある事柄の説明を受けた時になにかおかしい、自分の理解と合致しないといったとき、それを説明し、自分の言葉で再度説明方法を構築していくことの面白さというものです。
今の定説的理解は常識と言われるものになりますが―もちろん常識になる前に反論を受けるものが圧倒的ですが、常識的理解に合致しない場合、それは異端となるのでしょうか。でも、社会科学は宗教ではありません。何が正統なのか、何が唯一のあるべき姿なのかという議論ではなく、なにが事実なのかという問題こそ、学問対象になりうると言われます。であれば、反論を受けることはあっても、末梢されるなんて危険なことはないはず。
でも、議論のためには冷静な分析が必要です。有意義な会話のためには、多くの場合、今ある常識に従って論じるよりほかありません。たとえば時代区分は、多くの場合そういうものでしょう。そのなかの一部分、これを自分が新しく書き換えることが出来れば万歳です―いうまでもなく、それも新しい仮説に過ぎませんが。
とっても回りくどいですが、最初の文を回収しなくてはいけません。つまり、答えは一つではなく、自由な議論が許されているのです。ただし、議論のためにはより多くの事柄に関する知識が求められる。これまでに先人たちが残してきたものを自分で吸収し、考える事こそ、ほんとうに面白いことだと思います。以上をまとめれば―学問には確定的な答えはない、でも多くの場合以前に出された答えに従うことが善である、だからたくさん本を読むことには意味がある。僕も学部生のあいだにたくさん読んでいればよかった。僕はそれを十分に出来なかったので(だからプチなんです)、大学生になって始めたことをいまも続けています。


——————————

ありがとうございました。
少々堅い書き方だったかもしれませんが、大学で扱うような論文の多くは普段見ているような表現をしていません。論文には論文の書き方、更には分野によっても形式や表現が異なります。本を読むことは内容のみならず色々な表現に触れ合う良い機会です。自分が経験してこなかった分野の本にも挑戦してみましょう。

院生スタッフに聞いてみたい事や扱ってほしいテーマがありましたら、気軽にコメントしてくださいね。
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